研究会における企画討論

関東脳神経外科懇話会という会があります。
関東の脳外科施設長が40人超も幹事として名を連ねている歴史ある会ですが、最近は若い脳外科医の参加が少ないことが問題になっています。
今月もその会がありますが、今回は公募演題はなしで、症例提示&討論(開頭手術か血管内治療か)でやってみようということです。
この開頭手術か血管内治療かという討論を学会で行うという企画はしばしばあるのですが、さけがたい弱点があるといえます。
今度の会がどうなるかは、もちろん主催者の方の議論の持っていき方もあるでしょうが問題点を考えてみました。
(文句だけなら誰でも言えるんじゃ、という正論は分かっております。)

まず議論すべき前提条件として、「どちらの治療でも安全(簡単)にできる、もしくはどちらの治療も難しいcaseである」ということが重要です。つまり、特定部分の硬膜動静脈瘻のように血管内治療の方が良いとか、MCAの小型の動脈瘤みたいに開頭手術が良いということだと議論の必要がありません。血管内治療のグループからMCA動脈瘤に対する治療経験(成績)みたいな論文が出るのも、未だにMCAは開頭術が標準的という背景があるからです。
しかし、「どちらの治療でも安全(簡単)にできる」となると、これもやはり議論の盛り上がりには欠けるでしょう。つまりどちらでも安全にできるのであれば、頭に傷ができない血管内治療がいいのだとか、いや医療経済的には開頭の方が医療コスト的に優位だ、長期的な経過観察に関わる直接的なコスト、機会コストは?というところしかこだわるところがありません。そして治療そのものに関しては、術者の好み、もしくはできる方でやればいいじゃん、で終了でしょう。

では「どちらの治療でも難しい疾患」に関してはどうでしょうか。そこでパネルに並んでいる面々を見ると、開頭術コーナーには、学会でも名の知れたexpertの面々が。血管内治療コーナーにも招待演者を含め、よく知りませんが、おそらく有名な方々のお名前が。
血管内治療の方々にも、かなりイケイケでどんな難しいものでも何とかする、という方もいれば、かなり抑制的なかたもいらっしゃるでしょう。
開頭術の方はといえば、これは私見でもありますが、硬膜動静脈瘻なども含めて、別に手術で直せるじゃん、と思っているのではないでしょうか。脳底動脈先端部の巨大血栓動脈瘤みたいな、開頭/血管内問わず、現在でもどうやっても難しい疾患以外は、開頭でできますよ、このパネルの方々なら。
一方で、脳底動脈先端部巨大血栓動脈瘤は議論になりません。基本的にどちらでも結果が良くないからで、上手くいったcaseがあっても一般化が難しいからです。この患者さんの場合は上手くいきました、という情報は重要ですが、一般化できる方法論はまだありません。そうすると、議論としては終わってしまいます。

ただexpertができるから、開頭がいいんだ、という結論にはならないでしょう。つまり「誰が治療するか」ということが、本来切り離せないはずだからです。いつも述べるように、すでに「俺の手術を見ろ!!」という時代ではなく、少しでもevidence based medicineにしていこうという時代です。
術者による差は、あってはならないのです。しかし、この点を曖昧にして、どちらの治療法が良いかというdiscussionができるわけがないのではないでしょうか。その部分を捨象して議論しようとするから、どうしても白々しいものにならざるを得ないというわけです。

次に、このような企画だと、どうしても結果が出たcaseの議論になってしまいます。Discussionに適したcaseが選ばれるわけですが、既に治療が終わっている症例です。
そして普通は上手くいった症例が選ばれるでしょうから、「実際の治療ですが、開頭手術/血管内手術でこうなりました。」という結論になります。それはたまたま上手くいっただけかもしれないし、必然かもしれません。また、counterpartの治療がなされていたら、また結果は変わったかもしれません。血管内手術を行って上手く治療でき、3年経過しましたが問題ありません。でも例えば抗血小板薬2種類飲む必要があります、という場合には”3年大丈夫”でいいんでしょうか? どれくらいの期間定期的に見ればいいんでしょうか?という結論が出ません。
もちろんくも膜下出血を起こした人など、取りあえず社会復帰しました、なら一つのendpointとしてありだとは思いますが。

こう考えてみると、役に立つのはやっぱり「上手くいかなかった症例」の話であり、この規模の研究会で行うのは無理があるように思われます。
大勢あつまると、失敗を共有するという会の枠組みを理解せずに「僕はこういう手術を見るのが大嫌いなんだ」とマジギレする大御所がいたりするので。
無論、普通は知っておくべきピットフォールにはまるのはダメですが。全員が匿名化して、フードを被って声も変えてプレゼンテーションするような会になれば、面白いのではないかなあ。