毛流線の話

最近は論文に書いたようなzigzag incisionは、時間がかかることもあり、あまり使用しなくなりました。
その代わりに毛流線を意識して線分を組み合わせる皮膚切開を必要な範囲で行っていますが、今日は美容師さんに毛流線の話を聞いてみました。

「あ、毛流れですね。気にしますよ、もちろん」
とのこと。

人それぞれ違うものの、概ねつむじの回転に沿った流れになっているということ。
どれくらいのパターンがあるのかは、はっきりした答えはもらえず、残念。

ボブにするときには、巻きの向きでどうしても片側が外向きになるので、ドライで調整するしかないということだった
(...手術とは関係ない話だが)

また、つむじが2つになると、やっぱりカットが難しくなるということ。

手術に際しては、やっぱり患者さんひとりひとり、よく毛流れを観察して決めるしかないようである。

顔面痙攣に関するダイアモンドの記事

木原弘美さんが、顔面痙攣に関する記事を書かれていた。

目の下がピクピク…顔面けいれんは何科を受診すればいい? | 医療ジャーナリスト 木原洋美「夫が知らない 妻のココロとカラダの悩み」 | ダイヤモンド・オンライン

至極、まっとうな内容。


ただ、僕は脳外科なので、ボトックスの満足度に関しては懐疑的である。

完全にバイアスがかかっているが、顔面痙攣の手術目的に受診される方の7,8割はボトックスを経験してから脳外科にくる。

その患者さん達が、ボトックスに関して不満に思うことは、次のようなことである。

1. 確かに外見上はぴくぴくしなくなっているけど、自分の中ではぴくぴくしているのが分かる

(これは、筋肉を完全に麻痺させると、目が閉じきらなくなって角膜炎を起こしたり、食べ物が口の端からこぼれるようになるため、避けられない。)

2. ボトックスが分解されてくると、やっぱりぴくぴくが出てきて、病院を受診する必要がある。このまま一生続けるのは嫌だ。

3. ボトックスの効いている期間が短くなってくる。

(毒素なので、免疫ができてしまうため)


手術を受けられた方のほとんどが、

「もっと早く手術するんだった」

と、おっしゃるのを耳にすると、満足度は 手術の方が高いのではないかと思う。

(もちろん、手術を受けるという一大決心をした後なので、不満があっても認知的不協和を避けるため満足していると思っている可能性などのバイアスが考えられます。)


ただ、高難度手術では必ずしもないが、病院によっては「どんな大手術?」みたいに切るところもあるようなので、やはり注意が必要。

KINEVOの印象 (とExoscopeに関する考察)

先日の脳外科学会総会で、Zeiss社の新型顕微鏡KINEVOについてのlunch-onセミナーで思ったことを備忘的に。

1. Focus lock機能

焦点を維持したまま顕微鏡(鏡筒)を動かせる機能で、腫瘍の手術などで出血点を見たいとき、あるいはどうしても手前の組織が被さってくるときなどに便利かもしれない。

また、brain shiftの影響を考慮しなければ、例えばバイパス手術で同じ画角でICG撮影ができることになるので、吻合前後で比較することができそう。
Zeissには解析装置が付いているので、これで論文が1本は論文ができるな。

2. 焦点距離max 65cm

65cm離して顕微鏡操作をする訳ではなく、他社のexoscopeのような使い方ができ、3Dで画面を見ながら手術ができるとのこと。

Exoscopeは内視鏡と同様、面白いとは思うものの、果たして実用的なのだろうか。

既に自分が古いタイプになってきている証拠かもしれないが、自分にとって手術用顕微鏡はメガネのようなものなので、
1. スムーズにzoom in/outができて、
2. しっかり合焦する
の2点が重要と思ってて、
(3. もちろん録画も、記録を残すということでは重要なのですが)

モニタを見て手術となると、この2点がどうしてもネックになると思う。

もちろんzoom in/outは機械の性能だからどうにでもなるのだが、合焦はそうはいかないと思う。
それは、機械側の問題ではなく、術者側の問題で、つまり老眼で焦点が合いにくくなるということだ。

師匠の堤先生は30代から老眼が入ってきていた、と言っていたが、僕も40前くらいから手術ビデオの焦点が甘いことがしばしばあって、外回りにアラートをお願いするようになった。

モニタで見る手術になると、録画の問題はなくなるが、自分(術者)の合焦に時間がかかるため、おそらく凄く疲れるのではないだろうか。
(その辺りを改善してもらえないと、せっかく技術に磨きがかかってきた外科医を早期に退場させることになるのではなかろうか。)

もう1点、術者が不自然な姿勢で手術を行わなければならない状況を避けられるという例を出していたが、後頭蓋窩の浅い部分の髄膜腫を例に出されても、全然本質的ではない。
つまり、見ている方向と手の入る方向が異なると、精妙な、あるいはとっさの判断が要求される時に、遅れてしまうのでは、という危惧がある。
いわゆる身体性というか、普通の手術で助手が術野に道具を入れるときに、見えている角度が違うと、違和感があるのと同じように、頭の中で処理はできるのだが、それは1ステップ判断の回路が増えているということだと思う。
多分これも、脳を酷使するという点で、結果的に術者の疲労を増すのではないだろうか。

3. ICG録画がHD画質になった。


4. QEVO. 一番見たかった内視鏡への言及はなく、残念。


結論; PENTEROも良い顕微鏡なのだが、このQEVOに50,000,000円(オプション別)というのは、今のところないな。

脳外科学会に行ってきました- PHASES scoreに関する発表

自分の発表の1つ前が松本勝美先生で、動脈瘤の自然歴の論文も書かれている方でした。
PHASES scoreも治療適応の判断に使ったら、こうなりました、という発表をされていました。

PHASES scoreは日本人だと3点つくので(Finnishは5点)、何か一つ要素がつくとすぐ4点になるのですが、
5点~11点で増大を認める症例が散見された。
12点以上の患者さんで出血した人がxx人いた。
という内容でした。

...増大で発見された方、運が良かったといえるのではないでしょうか。
一般論として増大は出血のリスク因子なので、f/uの間隔が長ければもしかすると出血していたかもしれません。

どうして増大したのか?
PHASESの元になっているデータが出血率を低く見積もっているので、score通りに適応を決めると、増大(&出血)症例が増えるのではないでしょうか。
PHASES scoreを参考にして治療適応を決めている、という演題もそのうち出てくるでしょうから、同様の結果になるのではと思います。

バイパス手術のTechnical noteが採用されました

浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術(STA-MCAバイパス)は、現時点では"脳卒中の再発予防"に関して 十分な科学的根拠があるとは言えない治療ですが、腫瘍や動脈瘤など他の病気でも役に立つことはしばしばあり、ツールの一つとしては必要な技術です。

しかし、ときどき、以前に開頭手術を受けたとか、けがでSTAが切れたことがあったりすると、これが使えないことがあります。
そんなとき、後頭動脈(OA)もdonorとして選択肢になりますよ、というtechnical noteがWorld Neurosurgey誌(2016 Impact Factor: 2.592)に採用されました。

http://dx.doi.org/10.1016/j.wneu.2017.08.126

過去の文献を当たってみると、レジェンド R.SpetzlerとN. Chaterが1例報告しているのみで、多分それほど行われていないのではないでしょうか.
(でもNEJM のいわゆるBarnett studyではEC-ICバイパスとしてOAに言及する部分があるのですが。)

OAは 周囲の結合組織がOAより固いので、剝離の際には顕微鏡下に、STAより慎重に行う必要がありますが、結構長く、実用的な径を確保することができるので、オプションとしては知っておくほうがよいと思います。

「おれの手術を見ろぉ!」という時代ではないですが、手術屋はいろいろな引き出しを持っている方がいいよ、シリーズです。

タングステンメス その2 火傷に注意

別の病院で手術されたという方が、紹介状を持って来院され、傷の治りが悪いので、経過を見て欲しいということであった。

どこかで見たことのある傷の状態。

詳細を問い合わせていないので、あくまで憶測だが、当該病院の出しているビデオから判断すると、十中八九、電気メスによる熱傷だろう。
で、おそらくタングステンメス。

火傷を起こした傷はなかなか治らないので、時間がかかる。
研修医の3ヶ月目くらいのころ、お腹の傷を10日目くらいに抜糸したら、糖尿病もないのに傷が開いてしまい、縫い直したことがあった。
このときは、手術中にお腹の脂肪を切開するのに使った電気メスが手前の皮膚に当たったせいであった。
それ以来、自分で手術するときはもちろん、若手の術者にも十分注意するようにしている。

タングステンメスは上手く使うと、皮膚からの出血が少なく、重宝するのであるが、電流の出力コントロールと切開のスピードを調整しないと、真皮に熱傷を生じることがある。
かつ、皮膚切開から用いるので、手前がどうこうという問題ではなく、最初から、なめらかな切開をデザインし、手を動かさなければならない。

便利な道具ほど、よくよく"勉強"しておく必要があるということ。

投資型医療

大学同期の著作。

医療が「実際にやっていること」と「医療にできること」との間には大きなギャップがあって、
もっと「医療ができること」を上手く使うことによって、われわれはもっと健康な生活を、もっと少ない費用で手に入れることができるはず、という内容です。

耳が痛いですが、今、医療がやっていることは"トラブルシューティング"であって、本当なら 本格的な病気や重症になる前になんとかできたはず、ということが、まず二人の仮想患者を例に挙げられています。

そのストーリーはちょっと盛りすぎでは?と思う一方で、実際に目にする患者さんでも、「どうしてあのときxxしなかったのだろう」とか、「もう少し早く○○しておけばよかったのに」ということは頻繁にあります。
(行動経済学的にはヒューリスティックの一つですが)

しかも、そのトラブルシューティングの効率が悪く、例えば糖尿病や血圧がコントロールできているのは、治療を受けている患者さんのごく一部に過ぎず、コントロール不良の方がやがて人工透析になったり、失明したりという悲惨な状態になって、余計に社会資本が必要になっているというのが現状です。

これは、例えば糖尿病のコントロールで言えば、どれくらいの患者さんがうまく血糖値をコントロールできていて、合併症を抑えられているかという結果(アウトカム)が公表されていないことも一因です。
患者さんは、口コミや○○ランキングといった雑誌くらいしか判断基準がなく、結局、家の近くだからとかテレビに出ている医者がいるとかいう理由でしか判断できないのです。
アウトカムが積極的に出されれば、提供者側(病院側)もいい意味で成績を良くしようという競争が生まれるはずです。
(現状は、職員の接遇や建物の見た目を良くしようという、"分かりやすい"とんちんかんな方向にしか競争が働いていないですね。)

現状では病院には成績を公表するインセンティヴはないです。(そんなことをしてもお金にならないので。) ただ前職のNTTのように、ホームページに提示する病院も増えてきてはいます。

「医療ができること」はもっと範囲が広く、深刻な病気になる前になんとかする方法はいくつもあるのだから、それを積極的に利用すべきです。

著者はそれを投資型医療と名付けています。
つまり
健康に投資し、健康という資産を維持・増進するための価値の高い医療
と定義しています。


そう、健康は資産なんです。


著者は、投資型医療を実現するために7つの提言を行っています。

それぞれいいこと言っていますが、受益者は医療の重要なプレーヤーであり、当事者意識を持って主体的に医療に関わっていこうと述べています。
また、支払い側もアウトカムを重視して、質の高い提供者を選んだり、交渉したりすることでより価値の高いサービスが報われるようにできるとしています。

アメリカ型のtoughな保険者になると、払ってもらう側は非常に困りますが、日本の保険者は、(お金を握っているのに!)存在感が薄い。
病院側は困るにしても、もっと上手いお金の使い方があるのでは?
インセンティブを工夫することで、もっと健診の受診率を上げたり、その段階で引っかかる人に対する介入を増やすことが一番できそうなのは、やっぱり支払い側だと思います。

同意する部分が大半ですが、田舎や下町の病院と都心の病院を比べると、やっぱり健康に対する意識が大分違っているように感じます。
特に自分の健康に無頓着で、若さと体力でなんとかなっている30代40代の人に、どうやって情報を届けていくか、自分の身体を気にするようにしてもらうか、というところが大事だと思いました。